カンシンゴト

2015年5月より父になりイクメン始めました。育児・iPhone・Mac・コーヒーなど何でも気になったことを調べたことを南半球の島国ニュージーランドからお届け!

「尊敬する人がいない」って変ですか?

僕は昔から尊敬する人がいません。
小学校とか中学校で「尊敬する人のことを書きなさい」という作文の課題があっても書けませんでした。でも、その時はどうしてなのかわかりませんでした。

大人になってからは「どうして尊敬する人がいないのか」なんとなくわかったので、ちょっとそんなことを書いてみます。

そもそも「尊敬」って何?

辞書で「尊敬」を調べてみるとこんなことが書いてありました。

 人格、識見、学問経験などのすぐれた人を,とうとびうやまうこと。

では、「尊ぶ(とうとぶ)」とか「敬う(うやまう)」って何かというと

尊ぶ ... 敬って大切にする。あがめる。たっとぶ。
敬う ... 人や神仏を尊いものと考え,それを行動や態度に表す。あがめる。尊敬する。

ということらしいです。

尊敬する人って誰だろう?

以前、職場の部長さんと飲みに行ったとき「尊敬する人とかいないの?」と聞かれたことがあります。その時の答えは「いません」でした。「じゃあ、◯◯さん(直属の上司)は?」と聞かれたんですけど、やっぱり「尊敬してません」と答えました。

するとその部長さんは驚きました。上司を尊敬しないって...となったんでしょうね。
でも、直属の上司は仕事ができる人だと思うけど、「尊敬、尊び敬う」対象ではありません。仕事を教えてくれた人だし、良くしてもらっているから「感謝」はしています。でも、感謝と尊敬は別物です。

これと同じことが両親にも言えます。
うちは父親が早くからいないので、父親のことはよくわかりません。では母親は尊敬にするか?と聞かれたらやっぱり尊敬はしていません。でも育ててくれたことに「感謝」はしています。

尊敬する人なんていなくて良いじゃない

職場の上司にしても、母親にしても、仲のいい友だちにしてもそうなんですけど、良いところもあれば悪いところもあります。 良いことをしてきたり、良くないこともしてきただろうし、いろいろです。

逆にあまりソリが合わない人にも良いところもあれば悪いところもあります。そしてソリが合わない人でも何かしてくれたり、お世話になれば感謝します。

つまりなんですけど、誰か特定の人を「尊敬する人」と崇めたりしないで、感謝の気持ちを持って接するほうがいいんじゃないかな?ということです。

常に感謝の気持ちを持っていきたいなと思っています。